八九三な本。

八九三な本。


さて毎日のニュースをみると
相撲界やら芸能界やら「黒い」交友関係とやらが取り沙汰されて、
先日も某とかいうテレビ芸人が引退だとか。
テレビがないからテレビ芸人は全くどうでも良いが、
そんなこんなの出来事は毎日毎場所寄ってたかって大仰に取り上げる程のものなのか。
他に大事なこといっぱいあるでしょう。
低俗如何わしいもの魅惑的ですが、品があってこそ下品がよいはず。
ただの下品はただの莫迦。

ということで「黒い」交友関係の勉強のためにまず一読。

やくざ考
   『やくざ考』田村栄太郎・著 
    扉をめくり早2ページ目、いきなり「海老責」を受ける八九三の図(見せない)。


こちらは1958年に出た増補版、旧版はその10年程前に出たというから戦後すぐ。
当時では日本に類書のない唯一の八九三研究書で、かのGHQも研究利用したとかしないとか。

と大仰に取り上げたものの、
ここに書かれている八九三は主に江戸~幕末~明治辺りの博徒が中心。
そもそも八九三は博打の隠語であるから当然か、さしずめ近代八九三考。
博徒・賭場の解説や人物伝(忠治、次郎長、小鉄に辰五郎云々)
果ては仁義の切り方までとかなり限定的な取り上げ方ではあるが、
八九三好きというか浪曲好きにはこれがなかなか面白い。

で浪曲好きというと、
あれですか落語とかもお詳しいんでしょう、
などと言われる事多々ありますが、
浪曲は語る芸、落語は話す芸、ちなみに講談は読む芸、
私は「語る芸」~「語り物」という節のついた「語り物音楽」が好きなのであります。
くだんのテレビ芸人は「しゃべる芸」でしょうかね。

まあ「黒い」交友関係とやらを取り沙汰すなら
せめて江戸時代くらいまで遡ってくれれば多少は面白くなるだろうに。


(北村)


  1. 2011/11/11(金) 19:21:41|
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古本屋の人々。

古本屋の人々。


古本屋をぐるぐる回る。
古本屋の親爺も憧れの職業だが、本を売りたいとも思わないので
ただ本に埋もれ、いつしか頁間を彷徨う紙魚のようなものになるのがオチだろう。
なのでぐるぐる回るミズスマシに専念だ。

古本屋をぐるぐる回っていると
時おり印象的な出会いがある。

こちらはただボンヤリと本の背やら平を眺め手にとる。
店主とはお互いの存在を気に止めないよう(むしろ話しかけてくれるなと)
少なくとも私はそう振る舞う。
ある人によればそれを「ATフィールド」というらしい。

そんな中でも易々と某フィールドを破ってくる店主もいてそれはそれで面白い。
古本屋巡りをしている方には経験があるだろう。


先日紹介した宮武外骨『私刑類纂』を買った際には、
「いいもの買うわね」というところから
「最近の若者は本を読まない」ということを滔々と聞かされ
「最近の若者は東洋文庫を文庫本だと思っている」ということを滔々と聞かされ
「店の歴史」も一通り聞いた。
もしかしたら購入者もれなく聞かされているのかもしれないが。

あるときはボソリと印象深い言葉をかけられる。
店先のエサ箱(100均)から掘り出したボロボロの『日本現代詩体系』全五巻。
レジで店主は奥付をしばらく見つめ一言、
「私二代目だけど…この店始めてすぐに買い取った本だね…ありがとう。」
どうやら半世紀以上売れなかった本を買ったらしい。
いいえ、と一言いい500円渡して店を出た。

中にはまけてくれる店主もいる。
『椎名麟三全集』の端本がまとまって出ていたので、ここぞとばかり全部買ったおり。
なにやら興奮気味の店主が
「ききき、君これをこれを読むのかい」
「どど、どこから来たのかい」
「そ、そんな遠くから…」(さほど遠くはない)
隣でレジを打っている奥さんらしい女性が渋るのも聞かず、
せっかく遠くから来たのだからと、相当な額をまけてくれた。

コーヒー代をくれる店主もいた。
旅行で長野・松本に行ったときだ。
松本は古本屋巡りができるほど店が多い。
旅行に行ってまで神保町と同じ行動をしている。
とある本屋で店内を物色し二冊購入。
おつりを受け取る段、店主小銭をジャラリ多く渡しやおら一言
「コーヒーでも飲んで帰りなさい」
ちなみに買ったのは斎藤真一『瞽女・盲目の芸人』と
永六輔『芸人たちの芸能史・河原乞食から人間国宝まで』だった。

この後、私は店主の好意を足蹴にし酒を飲みに行った。
そのバチだろうか、飲み屋の便所でドアノブがとれ閉じ込められた。


あるときは強烈な言葉を投げかけてきた店主がいた。
これは古本屋ではないが似たようなところだ。業種はまあ伏せておこう。
昭和一桁くらいの生まれと思われる女性店主
私が手にした商品と私をまじまじと見つめ一言、
「あなた、来たわね。とうとう来たわね。あなた、待ってたわよ。」
初見である。
どうやら来てしまったらしい。


(北村)


  1. 2011/09/21(水) 15:03:48|
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蒐集イロイロ。

蒐集イロイロ。


常々SP盤と和本古書は買うまいと思っていた。
まず金も置く場所もない。
モロモロ破綻しそうである。
が、もうイロイロどうでもよくなったので
チョイチョイ和本を買う様になった。
それでもSP盤はやめておく。
理由は言うまい。

ちなみに最近買ったのはコレ。
まだまだ昭和期の和本だ。

宮武外骨

宮武外骨『私刑類纂』
昭和四年の第七版。初版は大正十一年だ。当時は金参圓。
タイトルの如く古今東西のリンチ集。
暴力自体に興味がないけれど他にイロイロ興味がありまして。

私刑・リンチといっても、「親が子を叱る」といったレベルから陰残極まりないものまで。
中でも私のお気に入りは
女性に片頬を抓り上げられ「此人はケチン坊の癖に助平だよ!」と言われるの図。
ケチン坊で助平かー。

仕様は半紙本程の四つ目綴じ、126頁あり紙も厚めでその分束幅もある。ちょっとモッサリ。
表紙はエンボス紙のような感じでオレンジ色が経年相応に汚れている。
角布はもともと紺か紫であったが退色し状態も悪い。
黒地シロ抜きの印象的な題簽は半分ほど破れ、そのためかなり安値で購入できた。
状態はあまり気にしない。その経年を見ていくのもおもしろい。
発売当時はさぞ鮮やかで淫靡な雰囲気を醸し出していただろう。

とはいえ…もうこれはバラす、造本的興味から解体しようかと思う。
綴じを解き、中綴じもとってバラす。
バラしたら一応スキャンデータを取っておこう。
ドキュメントスキャナでは怖い気もするが、
付属であったシートを使えばまあ大丈夫だろうか。

和本はシンプルだが合理的な作りだ。
バラしてもまた綴じ直せる。
自炊とやらに持ってこいの装丁じゃないか。
装丁し直すのもよいだろう。



もう一冊はコレ。
手織り 手染め

銀座・港屋染織業書 巻之三『諸国手織手染一覧』という小冊子
昭和十年初版、限定五百部。当時三十銭。
後に陶磁研究家となる佐藤進三が経営していた銀座数寄屋橋の民芸店「港屋」が発行。
表4には店名・住所とともに「諸工藝品・手織手染物・手漉和紙類・室内装飾請負」とある。
この巻は佐藤進三本人の編。
巻壹『颯々紬』、巻貳『上加茂織之概念』も気になるところ。

これは装丁・レイアウトとも美しい。
天地は半紙本程度だが、左右が短く縦長の仕様だ。
表紙・本文用紙の和紙もなかなか凝って品がある。
包背で背側は糊付けされ、さらに結び綴じ(大和綴じ)されている。
本文は天地たっぷり余白をとったレイアウト、
和紙の漉き目に沿って流れる行間広めQ数小振りな文字が美しい。
内容は東北関東から静岡・京都・島根・鹿児島・沖縄の手織手染物の解説書だが、
専門知識がなくとも読んで面白い。


あと大正時代の温泉ガイドを読もうかと思ったが、
ちょっと自分で自分の思慮分別に疑いを感じたのでそこは辞めた。

(北村)


  1. 2011/09/02(金) 19:56:28|
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美しい本。

美しい本。


最近の特殊加工、特殊紙をふんだんに使った装丁も嫌いではありません。
その組み合わせの妙、印刷加工技術、感心したり勉強になったり、ほほうと書店でうなることもしばしば。
ただ私がああキレイだなと思う本というのはまた別の雰囲気のものであったりします。
以下、やっぱりあまり共感を得られないこと請け合いです。

岡本文弥

こちらは新内・邦楽界の巨匠、岡本文弥の随筆集『芸渡世』。
岡本文弥は101歳でなくなるまで生涯現役を通した新内語り。
98歳当時の録音もありますが、高齢にも関わらず驚異的な声のツヤ・ハリ、流麗な節回しと正に至芸。
並の芸人では全く太刀打ちできないほどの懐の広さです。
かつてCDも出ていましたが今では廃盤状態、
コンピレーションCDに収録されているものが聴けるだけなのが残念です。

でその岡本文弥、三月書房から1962年に出版された本です。
三月書房さんといえば、愛書家におくる「小型愛蔵本」のシリーズでおなじみ。
1961年に第一弾が出版され、これは第三弾にあたります。

最近全集もの以外ではあまり見かけませんが、函入りの上製本はよくあるものです。
これが美しい「愛蔵本」たる所以は、その大きさとシンプルでありながら気の利いた装丁によるでしょう。


判型はA6変型(155mm×115mm)、おおよそ文庫本ほどの大きさ。
片手におさまり、とても手になじむ寸法です。
写真ではちょっと分かりづらいのが残念。

函は揉み和紙(?)で表装され、朱でタイトル(30Q程)が書かれています。
私の持っているものは、ひどく焼けてしまって帯もないですが、
その焼け跡から見るに天地90mm程の大きな帯がかかっていたようにも思えます。
セロファンで包まれた角背・かがり綴じの上製本がこの中に収められています。

表紙は型染めの和紙、花と十字模様をモチーフにスミと藍の二色刷り。
表紙タイトルは金の箔押し、背は朱と金で箔が押されています。
見返しは現在のOKカイゼルのからし色のような紙が使われていて、
表紙の藍とのコントラストを生みつつ、タイトル金文字ともきれいに連動しています。
花布は爽やかな空色、茶のしおり紐でグッと締まりが出る。

こういった装丁は大きすぎるとクドくなりますし、
小さ過ぎても豆本のように好事家だけのコレクションになってしまいます。
普段の生活の中で読み、かつ愛蔵するにちょうど良いサイズと装丁。

豪華に派手に趣向を凝らした本ではないですが、
細部に渡り丁寧にデザインされ、著者・読者はもちろん、
本そのものにも敬意を表しているように感じられます。

本当に「本」というものを好きな人が作ったのだなと思える一冊であり、
それゆえにとても美しい本であるとも思います。


と大分持ち上げましたが、ちょっと一つだけ。
私の持っているこれ、見返し逆目じゃないですか...。


(北村)


  1. 2011/07/04(月) 12:42:21|
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レコード、本のお話 。

レコード、本のお話。


前回はレコード盤のことを簡単に書きましたので、今回はジャケット仕様のことを。

変わった仕様のジャケット、変型ジャケット(変形に近いものもあるけれど...)がありますが、
方々で取り上げられていますので、ここでは私的にツボな特殊仕様ジャケットを紹介します。
以下、あまり共感を得られないこと請け合いです。


宮薗千之(みやぞの・せんし:浄瑠璃)、宮薗千愛(みやぞの・せんあい:三味線)による
古曲、宮薗節『鳥辺山/三勝半七』です。
1970年に日本コロムビアから発売されたもの。

ジャケットはこちら。

鳥辺山


芥子色と小豆色の特色にスミの三色、さらに金の箔押し。四辺断ちまで使っている贅沢な箔押しです。
紙は梨地のエンボス紙。
帯が右側に付いてますが、これはジャケットが和綴じ(A式ダブル・ジャケット)のため。
通常と反対、左側が小口、右側がノドです。

さて、ここまでの仕様ですとままあるタイプ。
このLP最大の特徴はブックレットです。
それでも豪華であるとか、変型であるとかではありません。
いたってシンプルなブックレットなのですが、
レコードの付属品としては何とも珍しい「和本」なのです。

和本こちら。

鳥辺山


どうだ、すごいだろう、といってもやはり大方の人にはなんのことやら、ハッともグッともこないでしょう。
それでも続けます。

大きさは美濃本の半分、中本ほど。
中は和紙ですが表紙は違うよう、渋めの萌葱色の紙に沈んでいますが金で印刷され、当然題簽も。
綴じは、四つ目綴じ。触った感じでは中綴じはなさそう。糸だけで綴じられている模様。

本来、和本は和紙で作ったコヨリで中綴じされ、折り丁がまとまっています。
和紙のコヨリは糸より遥かに強いので、糸が切れてもコヨリがしっかりしていれば、
折り丁がバラバラになることはそうそうありません。

比較的新しい和本で、中綴じされていないものも見かけたことがありますので、
時代を経るごとに省略されたものも出てきたのかもしれませんね。
書誌学的に調べている訳ではないので、あくまで憶測ですが。

さて角布は雅な濃紺~紫色、裏打ちされた布を使っているよう。
面白いのは魚尾の部分、ここがコロムビアのロゴになっています。
なんとも粋なデザインです。

邦楽・古曲というジャンルゆえ何万枚と売れるレコードではなかったと思いますが、
実に丁寧に作られ、音楽に対する敬意が伺える装丁です。
こうした装丁を見ると、私もまだまだ気を引き締めて精進せねばと思います。
ごめんなさい。

(北村)


  1. 2011/06/21(火) 17:17:12|
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